片道6時間かけて松本城を見に行った話
12月24日.日曜日.新宿駅.クリスマスイブの朝.
前日の夜遅くから,地元のファミレスで中学時代の旧友たちと傷の舐め合いをして,迎えた朝.
目的もなく出かけることにした.
近くの定食屋で朝食を頂き,ひとまず家に戻り,シャワーを浴びて身支度を整え,すぐに再び外へ繰り出した.
池袋についたのは9時過ぎ.
指定席券売機で青春18きっぷを購入し,改札できっぷに日付を入れてもらう.
バイト明けからのファミレス徹夜で回転率が低下した頭をそれでも動かして,ひとまず新宿まで出ようという結果に至った.埼京線で新宿まで出る.
この日の新宿駅は,やはりいつもの新宿駅とは雰囲気が若干違っていた.
日曜日のクリスマスイブは,いつもは忙しなく騒々しい新宿駅のホームを少し浮かれた雰囲気にさせていた.
しかし,それだけではなかった.こいつの存在があった.
12月23日に営業運転を開始した新車.
鉄と思われる人たちが中央本線特急列車の発着する9・10番線ホームで写真を撮っていた.
全身ピカピカでかっこいい.
E353系と戯れるのはこれくらいにして,すぐさま中央線快速列車高尾行きに乗り込み,ひとまず甲府まで出ることにした.
端の座席を確保できたので,背もたれに寄りかかり爆睡.
高尾駅に着くと同時に目を覚まして,ホームに降り立った.
いつもの天狗像が出迎えてくれた.
ホームのキオスクで食料を確保し,列車を待つ.
入線してきた211系.
折り返し普通甲府行き535Mとなる.
中央東線の211系は,0番台と1000番台がセミクロスシート,2000番台と3000番台がロングシートらしい.
乗車したのは1000番台.車内はガラガラで,4人がけのボックスシートを1人で使うことができた.
間もなく発車し,甲府を目指す.
中央東線の車窓は中々お気に入りで,ボックス席の窓側に座り,何もせずただぼーっと列車から見える田園や渓谷の景色を眺めるのが常なのだが,今回ばかりは車内の暖房が心地よすぎて大月より手前でいつのまにか眠りこけてしまった.
高尾のときと同様,気付いたら甲府に着いていた.
オレンジ色の駅名標.オレンジ帯の車体.
関東の人間にとって東海の車両は珍しい.
改札を出て,駅前に降り立った.
何度か訪れている甲府は,地方都市特有の匂いというか雰囲気があって非常に好きな街だ.
しかも,そこまで東京から離れすぎていないせいか,都会的な印象も持ち合わせている.
それでも街は着飾っておらず,この土地の人柄も素直な印象を受ける.
まあでも,私が単に地方都市が好きなだけなのかもしれない.
さて,甲府に着いたはいいが,それからの予定を決めていない.
どうせならもっと遠くへ行きたいが,時間の関係もあるし,今日中に東京に戻らなければならない.明日は今年最後の大学に顔を出す日であった.クリスマスなのに.
身延線で静岡に抜けることも考えたが,乗り潰すだけになりそうで,なにか物足りない.
甲府駅をブラブラしながら働こうとしない頭を無理やり働かせる.
悩んだ末,今回はこのまま中央東線を奥へ進み,スーパーあずさに追い抜かれながら,一度も足を踏み入れたことのない松本を目指すことにした.
未だ,松本城を見たことがなかった.
発車標を確認し,次に出る普通小淵沢行きの列車に乗ることにした.
この列車もセミクロスシートだった.高尾からの列車だったようで,甲府駅で多くの乗客が降りた.それでも,小淵沢に向かう乗客もいて,車内は若干混雑していたが,無事着席できた.
またも睡魔に襲われ,座った瞬間に眠りに落ちた.新宿からほとんど眠りっぱなし.
今日,ほとんど車窓を眺めていない.もったいないことをしたなと今になって思う.
小淵沢に到着した.
次の列車まではまだ30分ほどある.比較的ゆっくりできそうだ.
前に来た時はもっとボロくて小さかったはずの駅舎.
いつの間にかこんなに大きく立派になっていた.というか展望台が出来ていて驚いた.
4時間は車内で睡眠を確保し,流石に節々が痛くなった体を引きずり改札を出て,展望台へ向かう.
奥に見えるのはおそらく八ヶ岳.
思ったよりすぐに見飽きたので,数分で駅舎から出る.
駅前にいた猫.カメラを向けると物怖じするどころか興味深げに近づいてきた.
周辺を歩いてみたが,前と来たときと変わっていなかったので,再び駅に入った.
駅舎の1階に,土産屋と簡単な軽食スペースが設けられていたので,時間もまだ余っているし入ることにした.
小淵沢に来たら牛乳を飲む.なんとなく恒例になっていた.
信玄餅はおみやげに購入.
ぼちぼちホームに戻る.
改札に入り,塩尻方面のホームに向かう際の跨線橋で,こんな張り紙が貼ってあった.
多分,この地域じゃかなり高めの時給じゃないだろうか.
というか,巫女ってアルバイトだったんだ.まあ別に不思議でもないか.
面接って何聞くんだろう.想像するとなかなか面白い.
下り中央東線ホームに降り立つと,程無くして普通松本行きがやってきた.
今回ばかりはロングシートに当たった.座れたのでよしとする.
結局,小淵沢から松本までの間も,寝た.我ながら笑ってしまう.
松本に着いた.
想像以上に大きな駅だった.
先程通ってきた隣県の県庁所在地,甲府駅といい勝負ではないか.
ホームから「まつもと~まつもと~」と独特のアナウンスが聞こえてくる.
特急列車がバンバン発車する.しかも,2系統.
新宿行きの特急スーパーあずさに,名古屋行きの特急しなの.
色々感動した.
中京圏と,首都圏の間.もう少し行くと長野だが,その手前の松本も中々いい.
駅の外に出た.
大きな広告が駅舎全面に貼られている駅は,大きな街だということを主張しているように思え,素敵である.
駅ナカ施設が充実していると,なお良い.
やはり私は地方都市が好きなのだろうか.
妙な高揚感のまま,早速,松本城を目指す.
寄り道しながら向かったため,20分弱かかった.
天守はまだ現れない.
松本城を取り囲むように松本城公園はあって,その入口にはいかにも観光客然とした外国人の人だかりができていた.
公園を突っ切る.
見えてきた.
すごい迫力.この距離からでも威圧感が半端なく伝わってくる.
事前に松本城について調べていた時,天守の中に入るまでに1時間はかかる,などの情報がちらほら見えて,松本に入れる時間の制約的にもしかしたらとんぼ返りすることになるかも…と危惧していたのだが,全く問題なかった.
30分ぐらいなら許容しようと覚悟を持って券売所の前まで来たら,この通りで,肩透かしを食らった.
更に,観覧料も,事前に調べた時は大人610円とのことだったのだが,この時は410円だった.あとで調べてみると,夕方割というもので安くなるみたいだ.(2017年12月現在)
さて,券売所を通り抜け,いよいよお城に近づく.
すぐに開けたところに出た.
夕焼けによって更に映えるお姿は見事に立派だった.
手前の砂利道の両脇は,本丸跡らしく,もともとあった部屋の場所などが解説されていた.
時間も限られているので,早速,中へ入る.
入り口では,履物を脱ぎ,スリッパに履き替える.履物はビニールに入れて持ち歩く.
中は,やはり広くて,1フロアだけでも見ごたえがある.上のフロアへは,かなり急な階段を上ってゆく.
中には展示もあり,昔使われていた火縄銃や,刀など,松本城にまつわる物がかなり多くあった.
全て見て回ると2時間は優に超えるだろうと思われる.
急な階段を6階分上るといよいよ最上階にたどり着き,景色を一望できる.
が,窓から風がビュービュー吹き抜け,とても寒かったのですぐに退散した.
夏場は気持ちが良いんじゃないかと思う.
急な階段は,降りるときも一苦労で,もしかしたら上るときより大変だったかもしれない.
少なくとも,片手には履物を入れたビニール袋を下げているので,人によっては両手が塞がった状態でこの急な階段を下らなければならない.
一生懸命手すりにつかまりながら下りたので,手荷物が多めの方はあらかじめロッカーなりに預けてお城に入るのをおすすめする.
松本城を出て,公園を少しぶらつく.
現在時刻16時半過ぎ.帰りは17時21分松本発普通甲府行きの列車に乗る予定だ.
松本城から松本駅までは,ゆっくり歩いて20分ほどなので,もう少しいられる.
といっても,特筆すべきことは何もせず,本当にただ周りを歩いただけだった.
夕暮れの松本はやはり寒く,厚着にマフラーと手袋をしてきたのだが,それでも堪えた.
駅へと向かう.
松本の街並みはいたって都会的であった.
PARCOがあったのは驚いた.多くの人とすれ違い,それ以上に,多くの車とすれ違った.
もっと時間があったら,もっと早く着けていたら,多くを見れただろうと思うと,もっと朝早く出発するべきだったと後悔してしまう.
賑やかな通りを進み,駅に着く.
かなり時間が余ってしまった.
もっとお城の中をゆっくり見れたなと思いつつ,おやきを購入し,ホームで食べる.
ホームには,JR東海の特急しなのと,もうすぐ引退するE351系特急スーパーあずさが顔を並べていた.
おやきを食べ終わると同時に甲府行きの211系が入線してきたので乗車する.
よりにもよって,帰りの長距離列車がロングシートになってしまった.
しかし,松本を発車する頃には車内はかなり混雑していて,ロングシートである必要性が分かった.
甲府まで爆睡.
起きたら甲府に着いていたようで,そそくさと車内を出る.
甲府駅では30分ほど乗り換え時間があったので,お土産店を物色することにした.
この寒いなか信玄餅アイスを購入して,ホームの待合室で食べた.
少し経って,大月行きがホームにやってきたので乗り込む.
やってきた列車がボックスシートだとわかったので,いそいで改札口に戻り,NEWDAYSでワインを買ってきた.
大月までまどろみながら飲んだ.
飲み終わる頃には大月に着いていた.
ここでも若干の乗り継ぎ時間があったので,改札を出る.
ホームからでもこの光り輝くイルミネーションが目に入った.
クリスマスイブの夜,この時間にこの場所に1人でいることが辛くなった.
寒くなったので,改札前のベンチでこの光景をぼーっと見ながら,東京行きの列車を待った.
E233系がやってきた.
ああ,もうこの短い旅も終わりなのだなと長い編成のボックスシートを見て思い知る.
こうして東京に帰りました.
帰りは,乗り継ぎの時間もあったけれど,松本から5時間ほどで新宿に着くことができた.
行きは高尾,甲府,小淵沢での乗り換えがあった関係で6時間かかったらしい.
2017冬の青春18きっぷ1回目は松本に日帰りで松本城を見に行った話,以上.
『げんしけん二代目』完結から1年が経過して思うこと
※ネタバレを少なからず含みますので「げんしけん」および「Spotted Flower」を未読の方は注意してください.
げんしけん 二代目の十二(21)<完> (アフタヌーンKC)
- 作者: 木尾士目
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2016/11/22
- メディア: コミック
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オタクサークル「現代視覚文化研究会」(略して「げんしけん」)に属するオタク大学生たちの日常,特に"オタク同士のリアルな恋愛模様"を描くラブコメ作品である.
月刊アフタヌーンにて2002年から連載され,2006年に完結.
その4年後に,『げんしけん二代目』として同誌で連載を再び開始し,こちらも2016年に完結した.
この間に,3度アニメ化がされている.
2004年に『げんしけん』,2007年に『げんしけん2』,2013年に『げんしけん二代目』が放送,他にもOVAがいくつか存在する.
『げんしけん二代目』の最終巻が発売されたのは,昨年11月下旬.1年が経った.
私がげんしけんを知ったのは,二代目のアニメが始まって少し経った頃.2013年の夏だった.
当時,高校生でオタク真っ盛りだった私は,"毎クールの深夜アニメを欠かさずチェックし","夏冬欠かさず有明に出向き",そして,"暇があれば秋葉原に通った".
私がこれまでで最もオタクを楽しんでいた時期かもしれないし,オタクとして一番忙しかった時期かもしれない.
いつものように夏アニメをチェックしていた時は,しかし,げんしけんの存在なんて気にも留めなかった.
私の"3話まで見るチェックリスト"にすら入っていなかった.
それほどどうでもいい存在だった.
夏アニメも第3週目を周り,"切る/切らない"の選択に迫られていたある日の深夜.
7月下旬か8月上旬だったと思う.オタクとしてはたいへん忙しい時期にあった.
あと1週間か2週間かで,夏コミが始まるのだ.
コミケというものは,今更説明する必要はないかもしれないが,夏冬いずれも3日間連続で開催される.
コミケに参加する人々には,様々な目的があって,有明に集まる.
同人誌を買う人(一般参加者),同人誌を売る人(サークル参加者),企業ブースで物販を買う人,コスプレをする人(コスプレイヤー),コスプレイヤーを撮りに行く人(カメコ),コミケを作る人(運営),etc…
最近ではあまり聞かなくなったが,コミケにお客様はいないというのが原則で,全員が参加者だ.
その中で,私は,最もポピュラーな"同人誌を買う人"だった.
同人誌を買う人は,多くがコミケに向けて買い物リストというものを作る.
いわゆる"宝の地図"だ.これを片手にあの地獄の東ホールを延々と回るのだ.
事前に発売されるコミケカタログと呼ばれる分厚くて重たい本を片っ端から念入りに調べ,興味のあるサークル,馴染みのサークルをチェックし,ネットで頒布情報を調べ,宝の地図に書き込む,という作業を繰り返す.
コミケが近づくと追われる恒例行事.
つらい再行ではあるが,コミケという一大イベントに向けて行動を始める第一歩なので,同時にすごく楽しい作業でもある.
その日の深夜も,アニメを見ながらサークルリストを必死に作っていた.
見るべきアニメも終わり,テレビを付けたまま作業に熱中していたとき.
後番組で放送していたのが,『げんしけん二代目』だった.
第4話「HIGE TO BOIN」,コミフェス直前に原稿に追われる荻上らと,コミフェス1日目のげんしけんの面々の様子を描いたエピソードだ.
徹夜での原稿作業,腐女子同士のオタクなやりとり,そして女性向け同人誌を買い漁る大学生たちの姿があった.
コスプレを始め,コミフェスの待機列とスタッフの掛け声,同人サークルの最後尾札を持つ描写.
テレビ画面いっぱいに,コミックマーケット(コミックフェスティバル)とオタクが綺麗に惜しげもなく映し出されていた.
その日のうちにネットの見逃し配信で,二代目の第1話から追ったのを覚えている.
翌週以降は,録画予約とともに,リアルタイム視聴を決めた.原作漫画も即買い集めた.
当時,いわゆる"オタク主人公"を題材にしたアニメやラノベが溢れていた.
『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』や『冴えない彼女の育て方』をはじめとしたその手の作品は私もラノベで読んだりアニメで見たりしていたし,ジャンルとしては好きな部類だった.
当然,それらの作中にはコミケの描写があった.オタク主人公が登場するコンテンツにコミケは欠かせないイベントとして描かれるのが常だ.
しかし,げんしけんは何か違っていた.
それらは「俺の妹が妹モノのエロゲーをプレイ」していたり,「幼馴染が超大手男性向けサークルの主催者で,先輩が超大物ラノベ作家」だったりで,とにかく普通じゃなかった.普通じゃない"フィクション"によって読者を獲得していた.
反して,げんしけんは(二代目こそファンタジー色が濃くはあるが),"オタクと一般人"を対比し,理想的なオタク大学生の恋愛を限りなく現実に近づけた,"限りなくノンフィクションに近いフィクション漫画"だった.
冷静に考えればありえないような展開でも,キャラクターの言動や心情がいやにリアルで,それさえも本当に起こり得るのではないか?と錯覚させるのである.
"コミケに最もいそうな人種をそのままステレオタイプのオタクとして描くこと",げんしけんはそんな普通のことを普通にやっていた.
もう一度いうが,年に2回の大型イベントであるコミケ直前に,これを見てしまったのだ.
当時の私に対する影響力は凄まじかったと,今でも思う.
灰色であった高校生活の日々を送り,ようやく訪れる3日間を楽しみに生きていたところに,大学生のオタク生活のリアリティに魅せられたのだ.
大学への憧れと共に,げんしけんの世界をそのまま鵜呑みにしてしまうほどであった(のちに大学に入学し,幻滅するわけだが).
こうして,高校生の頃にげんしけんにドハマりした.
げんしけんを語る上でよく言われることの1つに,「二代目から"ただの腐女子漫画"になった」というのがある.
無印では「男オタクによる男オタクのためのオタクサークルキャンパスライフ」を題材とし,その上で,「オタクと一般人によるラブコメディ」を描くというのが主題だった.
それまでのげんしけんには,"00年代を生きたオタクの全て"があった.
しかし,無印の連載が終了し,数年後に始まった二代目からは,方向性が一変する.
二代目に入り,新入生の腐女子(一応)たちがサークルに入部,徐々に腐女子中心のサークルへとシフトしていったのだ.
これまでの斑目や笹原を始めとした"男性向けコンテンツ"を嗜む"男オタク"たちは卒業というかたちで作中にはあまり登場しなくなる(斑目はちょっと違うけど).
その代わりとして,吉武や矢島,波戸などのBLを活動拠点とする彼ら彼女らが入部し,大野や荻上とともに腐女子サークルが形成された.
それでも中盤までは無印の面影を残してストーリーは展開された.
第14巻80話,斑目が咲に告白し,フラれるという"アレ"だ.
"斑目ショック"とでも形容されそうなあの騒動までは,無印の残り香に敏感に反応していたように思う.
しかし,それ以降はまるっきり「腐女子漫画」,あるいは斑目を中心とした「ハーレム展開」となってしまったのだ.
"斑目ショック"を終えてから二代目の完結まで,無印から一変して「男オタクたち」を排除した.
最終巻の125話では,久しぶりに無印の初期メンバーが一同に集い飲み会を開くというエピソードもあったが,あれを読んでから無印を読み漁った記憶がある.
この昔懐かしい旧メンバーが出揃った125話によって,二代目の展開も,ある意味では重要であったことを再認識した.
私は"無印こそ本来のげんしけんの姿"だったと思う.
木尾士目が2010年から楽園で連載している『Spotted Flower』という漫画がある.
楽園は年3回の発売で,単行本は現在第3巻まで発売.
「ヘタレオタクの夫と非オタクの妻の夫婦生活」を描き,げんしけんのスピンオフ作品とも言われている.
言わずもがな,「斑目と咲」である.
咲が,高坂ではなく,斑目を選んでいたら…というif展開でストーリーは進展していく.
間違いなく分岐点は第14巻80話「いい最終回だった(告白Ⅱ)」.
「あり得たかもしれない未来」を作者自らが具体化したのだ.
商業誌的に衝撃展開な本作は,斑目と咲以外にも,げんしけんに登場したキャラクターと見受けられるようなキャラクターが次々と登場する.
更に,連載誌が連載誌なだけあって,表現もかなり過激だ.
いや,げんしけんが過激ではなかったというと,それは毛頭嘘をつくことになるわけであるのだが,それと比べてもはっきり言って言い過ぎではないぐらいに"過激だ".
物語の主軸が"夫婦愛"である上に,ヘタレ夫のオタクの悪い部分が存分に前に突き出てている,とんでもない漫画である(褒め言葉).
咲に関しては,本作では既に斑目との子をお腹に宿して登場するのだが,現実の性に対して消極的な斑目に対して性欲をぶつけるようなシーンも多くあり,一読者としてはなかなかに一筋縄で読ませてくれない.
今年の9月に発売された第3巻では,更に読者を悩ませるような展開となり,私もこれはどうしたものか…と頭を抱えた.
『Spotted Flower』には,木尾士目の後悔と希望が詰まっているように思う.
見ての通り,二代目から入ったくせに無印こそげんしけんであると言い切ってしまっている私は,なんとなく,そう思ってしまう.
"オタクが目を背けたくなるようなオタクのリアリズム"を描き,ある意味問題作だったはずのげんしけんが,いつの間にか"ハーレムルートというオタクの妄想"に移り変わってしまったことに対して,このSpotter Flowerで取り返しているように思う.
斑目と咲が付き合って子供を授かるという"オタク的ではない事実"は,作者の創作意欲が暴走した結果で,結局は,こういう話を本筋で書きたかったんだろうということが伝わってくるのだ.
連載誌を追っているわけではないので第3巻が発売された時期が二代目完結から1年が経過したことと重なる件に関して深くは言及しないが,それでも,第3巻がこれまで以上に衝撃的になったのはそういう要因もあったように思う.
第4巻が素晴らしく楽しみであり,私としてはこういう話の膨らませ方も大好物なので大いに爆発してほしい.
げんしけんについては思うところが山ほどあるので,これからも主観的に色々書いていきたい.
以上.
青森 2017夏 -4日目 三内丸山遺跡と青森県立美術館-
青森帰省3日目の続き.
8月17日,青森での4日目は昼過ぎに起きた.
寝ぼけ眼で朝食兼昼食を頂きながら,さて今日はどうしようかと耽る.
明日は昼には青森を発って東京に帰らなければならない.
丸一日使えるのは今日が最後.
ぼんやりと,三内丸山方面に足を伸ばそうかと思っていた.
三内丸山遺跡にはもう10年近く行っていない.
小学生の頃に,夏休みの自由研究で縄文文化についていろいろ調べたのを覚えている.
石を削って勾玉も作った.懐かしい.
すぐ近くの県立美術館は,つい去年も行ったが,あそこは実にいい.今回も入ろう.
予定をひとまず決めて,出かける準備を済ませる.
駅前を目指す.
駅前の観光案内所で,三内丸山遺跡行きのバスの時刻を尋ねると,まだ少し時間があるらしい.
何もすることがないので,駅前をぶらつく.
そういえば,東京の中央高速にもインプラントの目立つ看板があったような.
スタバやマツモトキヨシなんかが入っていて,青森滞在時はよく利用する.お土産も豊富.
駅から見える右の高い建物は,アウガ.
少し前に,財政難のため,1~4階の商業施設がもぬけの殻となってしまった.
現在は地下の新鮮市場と上の階に図書館,市民施設を残し,ひっそりと佇んでいる.
駅舎に入ってみる.
左上はかつての津軽海峡線.
もう使われることはないだろう.
駅舎から出る.
そろそろ出発時刻だ.もうバスが停まっていた.
停留所から三内丸山遺跡行きのバスに乗り込む.
30分弱で三内丸山遺跡に到着.
昔来たはずなのに,何も覚えていない.入り口こんなだったっけ.
早速,建物に入る.
ここでもねぶたがお出迎え.
ちなみに,三内丸山遺跡は入場無料.
教科書に載るレベルの遺跡がタダとは,逆に申し訳なくなってくる.
今入った建物は『縄文時遊館』と呼ばれ,この建物を経由して,遺跡見学へと向かう.
少し進むと,このような光景が広がる.
これに関しては,ばっちり記憶に残っていた.
この光景は,忘れるほうが難しい.特徴的な6つの柱は,背が伸びたからか,昔よりも少しだけ小さく見えた.
この大型掘立柱建物は,実は東北新幹線の中から一瞬だけ見ることができる.
東京からの下りはやぶさに乗ったとき,気付いた.
それでも,近くで見るととんでもない大きさだ.
大型竪穴住居は,内部にも入ることができる.
昔は,この大型竪穴住居の中の臭いが苦手で,ずっといると頭が痛くなった記憶があったのだが,今もそれは変わらなかった.
当時はガイドの方に解説をしてもらっていて,この建物に入った時は早く終わらないかなと感じたのだった.
今となってはそれも懐かしく思える.
土器などの生活廃棄物を捨てていた場所.
ここに大型掘立柱建物が立っていた.
当時の一般的な住居.地面と同化して草花が生えていた.神秘的.
こちらも中にはいることができる.
遺跡全体は,軽く見るだけで1時間はかかる.
私の場合は,1時間半かかった.
もっとゆっくり見たかったのだが,県立美術館も見たかったので見学もそこそこにして切り上げた.
昼過ぎから行動してしまったことが悔やまれる.早起きは三文の徳である.
時間に余裕を持って訪れることをおすすめする.
このあとは,三内丸山遺跡から歩いてすぐの,青森県立美術館に訪れた.
私は奈良美智の作品が好きなので,青森に来ると毎回,県美に訪れている.
基本的に美術館なので,写真撮影はNG.
この奈良美智『あおもり犬』は例外的に撮影OKなので,載せることとする.
奈良美智をはじめ,板画で有名な棟方志功やウルトラマンのデザインを手掛けた成田亨など,青森ゆかりの芸術家の作品が多く展示されている.
他にも,シャガールの『アレコ』が有名で,私も気に入っている.
全4作品からなる『アレコ』のうち,県美で常設されているのは第1,2,4幕なのだが,今年の4月25日から,第3幕をアメリカの美術館から借用して展示している.
前回訪れた時にはまだ見ることができなかったので,今回ようやく見ることができたのだ.
第3幕の借用は2021年3月までを予定しているらしいので,まだ何回か鑑賞の機会はありそう.
結局,2時間以上,美術館にいた.何回来てもいい.また来よう.
帰りも同様に,バスで帰宅した.
三内丸山遺跡の停留所まで戻らずとも,県立美術館のすぐ近くにも停留所があるため,アクセスも良好だ.
これにて,青森帰省4日目を終えた.あとは明日,東京に戻るのみ.
昔は,東京から青森に帰るのがめんどくさくて,かなわなかった.
それでも,青森から東京に戻るとき,若干の寂しさは感じていた.
今もそれは変わらない.なんとなく帰りたくない気分で1日を終えた.
以上.
2017夏 新潟より“SLばんえつ物語号”にて会津若松を目指す
9月9日,朝7時過ぎ.
8月下旬から東京に帰っていない.
8月14日から18日まで青森に帰省していた私は,東京で19日,20日と僅かな時を過ごし,翌日,再び東京を出た.
8月21日は仙台,22日は山形,23日は新潟と点々とし,そして24日から翌月8日まで,新潟のとある自動車学校で免許取得のため合宿をしていた.
大学4年生でありながら,未だに自動車免許を持っていなかった.
一度仮免に落ち,2日の延泊を経たのち,9月8日に無事卒検に合格した私は夕方,自動車学校を出て,新潟駅前のホテルを予約し,1泊した.
そうして,9月9日に至る.
2週間の間,田んぼと田んぼの間に挟まれた宿舎に閉じ込められていた私は,地方都市のど真ん中にいた.
土曜日だった.
行きは高校の友人2人と一緒だったが,そのうち1人は私と一緒に仮免に落ち,先に卒業したもう1人はすでに東京に帰っていた.
一緒に落ちた友人とは一緒に卒業することができた.
その友人と一緒のホテルに泊まったのだが,今日,これから東京で用事があるようで,朝早くチェックアウトを済ませ,始発の鈍行で東京へ帰ってしまった.
別に1人そのままホテルで寝ていても良かったのだが,自動車学校を卒業し,晴れて自由の身となった私は開放感に満ちていた.
起きて,今日1日どこかへ出かけよう,そう思ったのだった.
東京へ帰る友人をホームで見送った後,駅前のヴィドフランスで朝食を食べた.
地方都市の駅ビルに必ずと言っていいほど入っているヴィドフランスは,どこか私を安心させた.
ひとまず新潟駅の周辺を散策することにした.
新潟駅には8月23日にも降り立ったのだが,その日着いたのは夜遅くでホテルに泊まるだけだった.
新潟で観光らしい観光をまだ1つもしていなかった.
徒歩圏内で観光できるところを探した結果,萬代橋を見に行くことにした.
スーツケースに3週間分の荷物を詰め込んでおり,移動が大変だったが,萬代橋まで歩いた.20分か30分かかった.
萬代橋が何のために存在し,そして,なぜ観光資源となっているかについて私は何も知らなかった.ちなみに今調べてもあまり良くわからなかった.
着いて,橋を見て,もと来た道を引き返した.帰りはバスを使った.
再び新潟駅前にいた.
新潟駅前ですることはもうないように思えた.
余った青春18きっぷでどこか行こうかと思ったのだが,中々最適解が見つからない.
ヴィドフランスに戻り,時刻表をペラペラめくり,いろいろ考えた.
結果,とりあえず,磐越西線経由で東京に戻ることにした.
途中の駅で降りて気ままに帰ろう,そう思った.
ホームに向かう最中,
電光掲示板に目が行った.
これだ!!
磐越西線で土休日に運行されているSLばんえつ物語号.
ちょうどよかった.快速なら,指定席券を買えば青春18きっぷを使って乗ることができる.
急いでみどりの窓口に向かう.
そこそこ並んでいたため,10分ほど待つ.
列車があっても,指定席に空席がなければ,全車指定席のばんえつ物語号には乗車できない.空席を祈りながら列に並んだ.
指定席券はあった.後々知ったことだが,ツアー客用の貸し切り車両のおこぼれ席だった.しかも窓際.ラッキーだった.
時間までNEWDAYSで食料を買い込む.
なにせ終点の会津若松までゆっくり4時間かけて向かう列車だ.
車内販売もあるが,一応念のため.
青春18きっぷで改札を通って,ホームに向かうと,しばらくして入線してきた.
EF81がばんえつ物語用の12系客車を牽引してきた.初めて見る.
奥にC57がいる.先頭車両に向かう.
ワクワクしてきた.ワクワクして写真に人の腕が入り込んでるのもわからなくなってしまった.
乗車.
落ち着いた車内だった.
まもなく新潟駅を発車した.
ちなみに,このとき車両には私の他に3人しか乗っていなかった.
ハイケンスのセレナーデとともに車内放送が流れる.
しばらくして新津駅に到着.
新津駅では,大量のツアー客が私の乗る車両に乗車してきた.
またたくまに席は埋まり,賑やかになった.
新津駅では駅弁の立売がある.私も買った.
駅弁の立売は初めての経験だった.良い光景に出会えた.
しかし,新津駅のホーム標は,行き先がX字になっていて面白い.信越本線と羽越本線に,磐越西線が通っている.
新津駅を出発したSLばんえつ物語号は,途中駅で様々な催しが行われる.
ホーム上で行われるイベントには,今回どれも参加しなかった.
走行中の車内でも,参加型のじゃんけん大会などが行われた.
これには参加したが,全てダメだった.指定席券を取ることで運を使い果たしたのかもしれない.
それ以外は,車内でずっと車窓を見て座っていた.時には寝落ちた.
車内販売でビールを買いに席を立ったのと,お手洗いに行ったことを除いて,ずーっと座っていた.
気付いたら,終点,会津若松駅に着いていた.
ただ,乗って,車窓を見るだけで非日常感を存分に楽しむことができた.
会津若松駅からは,残りの郡山駅まで普通列車の磐越西線に引き続き乗車.
実に3週間ぶりの東京だった.
将来,新潟駅の高架ホーム完成により,SLばんえつ物語号は新津駅発着となるらしい.*1
今回,新潟駅を発車するこの列車に乗ることができ,いい経験となった.
しかし,全体的に,2週間分の合宿の疲れのため,思うように体が動かず,見て回れなかった.
会津若松では若松城も見たかったのだが,列車の時刻の関係もあって断念した.
次回,訪れる機会があれば,立ち寄りたい.
以上.
10日新宿
とあるブックオフにて.
先日訪れた新海誠展で,新海誠は村上春樹を愛読していたという話を知った.
知った,というのはニュアンスが違うかもしれない.
“おおよそそうだろうと思っていた”
ちょっと前の記事で,私が『秒速5センチメートル』に強い思い入れがあるということを書いた.
もちろん秒速の他にも,新海誠の作品には色々思いがある.
前作,『言の葉の庭』において,ユキノの台詞.
「わたしたち,泳いで川を渡ってきたみたいね」
『言の葉の庭』より
これを発見したとき,ニヤリとした.
『ほしのこえ』から続く,退廃的で孤独感に包まれた雰囲気は,どこか村上春樹に通じていた.
ということで,私も少しだけ村上春樹を読む.
最初に村上春樹に触れたのは中学2年生か3年生だったか.
個別指導の塾に通っていた頃,文系大学生のアルバイト塾講師に勧められたのがきっかけであった.
中学生と大学生という年齢差の間柄ではあったが,彼とは割に仲はかなり良かったと思う.
何を勧められたかというと,『海辺のカフカ』である.
今思うと,中学生にこれを勧めた当時大学生だった彼は普通じゃない,と今自分が大学生になってようやく気づけた.
何を思って,中学生に『海辺のカフカ』を勧めたのか.未だにわからない.
中二病の促進剤にでもしたかったのだろうか.
話を戻そう.
新海誠展にて,村上春樹に関する解説を読んで,最近本を読んでいなかったことに気づく.
何か買って読んでみようかということで,ブックオフに赴いたというわけだ.
しかし,もう買う本は決まっていた.
本屋は,どんな本があるか,何を読むかを探す場所ではなく,予め買うと決めておいた本を買うだけの場所になっていた.
“読みたい本を漁る”役割は,既にインターネットが担う時代だ.
というわけで,『螢・納屋を焼く・その他の短編』という本を買うつもりだった.
どちらかというと小さめのブックオフではあったが,難なく見つけることができた.
その本を片手に,店内を物色していると(結局は,本屋に来ると目的もなく色々手にとってしまうのだ),青春18きっぷのガイドブックのようなものを見つけた.
確か,2014年版と書かれていたような気がする.3年前だ.
ペラペラめくってみると,ページとページの間にメモ用紙が挟まれていた.
古本屋ではよくあることだが,前の持ち主の走り書きや栞がそのままになっていることが多い.
今回は売上カードの裏に書かれていた.
10日 新宿 → 伊勢
11日 伊勢 → 福井
12日 福井 14:00 → 金沢 → 富山
13日 富山 早朝 → 高山 → (バス) → 白川郷 → (バス) → 高山 16:00 → 名古屋 → (夜行バス) → 新宿(14日)
初日は伊勢神宮まで丸一日使って移動して,2日目は伊勢神宮の観光,そして福井に移動.福井で1泊.
3日目は福井,金沢と観光しながら,富山を目指す.富山で1泊.
早朝に高山に向かい,バスで白川郷まで行き,観光.夜までに名古屋に着いて,夜行バスで無事東京に帰ってくる.
この当時は金沢-富山間がまだ北陸本線であったため,青春18きっぷで完結した旅程だろう.
これを見て,無性に長旅をしたくなった.数日かけて,北でも,西でもいい,到達地点を2,3決めて,円を描くようにして東京に帰ってくる.
今冬の青春18きっぷの使用開始まで,あと5日.
どこへ行こうか.
飛騨古川へ聖地巡礼をやりに行こうかな.
”2017秋 長瀞紅葉おさんぽきっぷ” -長瀞と秩父-
前記事の続き.
長瀞駅に降り立った.時刻は10時半.
有人改札のため,一人ひとり手作業で改札業務をする駅員.ご苦労様.
この時,2つの改札が用意されており,1つは通常改札.紙の切符を見せて改札を通る.
もう1つがSuicaやPASMOなどの交通ICカードを利用してこの駅まで来てしまった乗客のための改札.秩父鉄道ではSuicaやPASMOを使えないため,精算が必要.
写真の駅舎左側の改札が通常改札で,私はここから改札を出た.改札まで辿り着けばスムーズに出ることが出来た.
駅舎中央の人だかりが出来ている奥にICカード専用の精算改札がある.
言わずともおわかりだろうが,ICカードを使って来ることはおすすめしない.駅から出るのだけで一苦労である.
降りたホームからは,線路をまたいで改札に向かう.
改札を出て,まず駅前の観光案内所で情報収集をすることにした.
いつものことながら,何も予定を立てていなかったからだ.
行き当たりばったりの旅も面白いものだが,こうも毎回だと流石に考えようである.
幸い,駅周辺には徒歩圏内の観光地が点在していた.
まずは観光客の流れに沿って,宝登山神社を目指すことにした.
緩やかな坂を登る.
飲食店が並ぶ参道で,活気も伝わってくる.喫茶店が思いの外多かったのが印象的だった.
10分ほど歩いて宝登山の麓に到着.
参拝.
秩父神社,三峯神社とともに秩父三社として数えられているらしい.
秩父神社は何度か訪れたことがあるので,あとは三峯神社だけになる.
アクセスが難点であるが,パワースポットとして有名な三峯神社.いつか行こう.いつか.
山麓なだけあって,傾斜が激しい.
ちょっと外れると,人気も少なくなり,神秘的な光景に出会えた.
駅に戻る.
そろそろお昼にでもしようかと思ったのだが,ふと,あることを思い出す.
SLパレオエクスプレス.
まだ定刻より時間はあるが,空腹を我慢して,見物に行くことにした.
だいぶ待った.諦めてご飯を食べに行こうかと思ったところで,ようやく来てくれた.
至近距離で走る蒸気機関車は初めてだ.鼓膜が破れるかと思うぐらいの轟音と汽笛だった.
見物が終わり,いよいよ空腹を満たすときだ.
お昼ご飯はこちらで頂いた.
ざるうどん.写真を取るのを忘れた.美味しかった.
お腹も満たされ,再び動く気になったところ.
長瀞駅を横目に,踏切を渡り,岩畳を目指す途中にある岩畳通り.
長瀞の中で最も賑わっている通りだった.
何かお土産を買おうとも思ったが,持って歩くのも面倒なのでやめた.
そのまま通りを突き進む.
急に視界がひらけた.
おお,すごい.長瀞渓谷.
荒川を俯瞰し,目下には岩畳が連なる.
紅葉も若干時期はずれているが,それでも綺麗.
そしてすごい観光客の数.ライン下りの列もある.
ひとまず荒川沿いに岩畳を突き進む.
この大自然のなか,岩畳を進む人の流れができていたのにちょっと笑ってしまった.
ここら一帯は,長瀞玉淀自然公園に含まれている.
しばらく歩いていたのだが,一向に先が見えない.
かなり長い距離を歩けるらしい.
時々,ライン下りの舟が通り,風景が動く.
岩畳を1時間ほど歩いて,上長瀞駅の近くまでやってきた.
岩畳を突き進むと月の石もみじ公園に出る.上長瀞駅からほど近い.
紅葉の季節ということでライトアップなどの催しが行われているらしい.
この時はまだ日が出ていたので紅葉を見るだけとなった.
近くには埼玉県立自然の博物館があり,休憩がてら入館.
埼玉県立自然の博物館は,秩父を地学的に学べる施設.
以前,ブラタモリで長瀞編を放送していたのを見たので,中々面白かった.
秩父一帯が海に覆われていた時代をわかりやすく知ることができた.
博物館を出た頃には日も傾き始めていた.
せっかくのライトアップも見たかったのだが,それまではちょっと時間が空きすぎるので,上長瀞から列車に乗り,移動することにした.
「え?ライン下りは?」という声も聞こえてきそうである.
しかし,今回ライン下りはしなかった.またの機会に.
ちなみに,これより写真を殆ど撮っておらず,文章がメインになる.ご了承いただきたい.
上長瀞駅に着いた頃,ちょうどSLパレオエクスプレスが再び姿を表した.
今度は熊谷行きらしい.颯爽と過ぎ去っていった.
この時乗った列車は,行きの池袋発,長瀞行き直通列車の上り,長瀞発,池袋行きだった.
上りは,15時22分と,16時25分に長瀞を出る.乗車したのは15時22分の列車だった.
秩父駅と聞くと,西武秩父駅とほど近いところにあるような駅だと思われがちであるが,全く違う.
前記事で説明したとおり,西武秩父駅の秩父鉄道の最寄りは御花畑駅であり,秩父鉄道秩父駅は御花畑駅から長瀞方面に一駅先の駅である.
この2つの駅を徒歩で歩くとすると,20分ほどかかると思われる.注意されたし.
秩父駅で下車した理由は1つ.
武甲酒造で地酒を購入するためである.
武甲正宗の純米酒を購入.今夜が楽しみである.
さて,おみやげも買い,時刻は17時になろうかという頃.
せっかくなので,秩父神社にもお参りしていこうと思い,秩父駅に戻り,それから線路沿いに歩くことにした.
何度か訪れているため,記憶を頼りに向かった.
程無くして到着.お参りをする.
いよいよ辺りは暗くなり,歩くのも疲れてきた.
旅と言ったら締めは温泉.
いろいろ調べて,ちょっと遠いが横瀬駅から徒歩10分のところにある武甲温泉に行くことに決めた.
せっかくフリーきっぷを買ったのに,あまり使っていないのはこの際もう問題ではない.
西武秩父駅から秩父駅一帯は人通りも多く,街灯もあり明るかったのだが,一駅となりに来るだけで,街頭も一気に少なくなり,人気は失せる.
真っ暗な道を歩くこと10分ちょっと,武甲温泉に到着.
1時間ほどお湯に浸かり,疲れを癒やした.
湯船の中で,あと残り少ない予定を立てる.
時刻は18時半あたりか.
終電は,自宅の西武線の最寄りで降りればいいわけだから,かなり遅くまである.
ご飯は何処で食べようか.
などと考え,結局.
戻ってきた.
横瀬駅に向かう際,西武秩父駅の駅舎が新しくなっていることに気づいた.
駅舎には飲食店がいくつか入っていて,そこで夕食をいただこうという考えに至った.
ついでにお酒も飲もうと企む.
食事とお酒を頂いた.
お酒は,秩父の地酒代表,「武甲正宗」と「秩父錦」の二銘柄に,今回が初めて飲む「小次郎」(こちらも地酒)と,期間限定で宮城のお酒「天井夢幻」の飲み比べセットを頂いた.
なぜ宮城なのかという疑問も沸かずに頂いた.飲んだ.
ごちそうさまでした.
あとはもう帰るだけである.店を出てすぐの改札から飯能行きに乗り,飯能で池袋行きに乗り換え,帰宅した.
最後はグダグダになってしまったが,以上で長瀞紅葉おさんぽきっぷを使った日帰り旅行はおしまい.
久しぶりに歩いた1日だった.
1つ心残りなのが,秩父鉄道の車両に一度も乗らなかったことだ.
旧東急の車両などに乗ってみたかったが,これもまたの機会に譲ることにしよう.
紅葉の時期からはだいぶ経ってしまったが,前記事の冒頭に書いた「秩父フリーきっぷ」を使って,秩父,長瀞,そして今回は訪れなかったが三峰に旅してはいかがだろうか.
以上.
”2017秋 長瀞紅葉おさんぽきっぷ” -池袋から長瀞へ-
西武線沿線から芦ヶ久保駅までの往復に加え,芦ヶ久保駅から西武秩父駅までと,秩父鉄道線御花畑駅から長瀞駅までの区間が乗り降り自由となる期間限定きっぷだ.
期間は10月28日から11月30日まで.価格は発駅に依るが,池袋駅からなら,2000円.
西武線沿線に住んでいながら,長瀞には一度も足を踏み入れたことがなく,せっかくなので今回,このきっぷを使ってみた.
有効期限はもう過ぎているが,平気で本記事でまとめてみる.
(実を言うと,2000円にちょっと足すだけでフリー区間が三峰口駅まで伸び,対象施設が割引になる”秩父フリーきっぷ”が通年発売されているのでそっちのほうが使い勝手は…多分いい.本記事はその参考がてらに…)
11月19日午前7時半,池袋駅.
前述の通り,私の自宅は西武池袋線沿線なわけだが,わざわざ朝早く起きて一度池袋駅まで逆戻りをする.その理由は今から説明する.
まず,この路線の運行形態について.
西武池袋線は,名称上は東京都豊島区池袋駅から,埼玉県飯能市吾野駅までである.
しかし,運行上は途中の飯能駅で分離される.
飯能駅からは吾野駅を経由し,西武秩父駅までの西武秩父線に直通するかたちで,
「池袋駅-飯能駅」と「飯能駅-西武秩父駅」という分離した運行形態を取っている.
このため,池袋駅と西武秩父駅を一本で繋ぐ特急を除くと,基本的に池袋駅から西武秩父駅に向かう際は飯能駅で乗り換えをしなければならない.
一旦話を戻して,今回の目的地は長瀞である.
長瀞駅に向かう場合,西武秩父線西武秩父駅から秩父鉄道に乗り換える方法と,JR高崎線熊谷駅から秩父鉄道に乗り換える方法が存在する.
どちらも都心からのアクセスは可能だが,西武池袋線沿線住民にとっては前者を選ぶのが自然だ.
この場合,通常は終点の西武秩父駅で下車し,一度ホームを出てから,徒歩で秩父鉄道御花畑駅に向かい,長瀞駅方面の列車に乗る必要がある.
この,西武秩父駅と御花畑駅の間は,徒歩圏内なものの,それでも若干離れているため中々めんどくさい.
・特急を使わない場合,飯能駅での乗り換え
という2点が問題として挙げられる.
ここまで十分に説明したからには,もう薄々お気づきではないかと思うが,それらの問題を解消する列車が存在する.
土休日の7時5分と8時5分,池袋発,長瀞・三峰口行きの快速急行列車である.
4両+4両の8両で池袋を出発し,途中,西武秩父駅一駅手前の横瀬駅にて,4両は長瀞行きに,あと4両は三峰口行きに分離される.
分離後に横瀬駅を出ると,長瀞行きは御花畑駅に,三峰口行きは西武秩父駅に停車し,それぞれ別方向へ舵を切る.
なお,西武池袋線内は急行として,西武秩父線,秩父鉄道線内は各停として運用される.
この列車は観光列車としての側面が強く,列車はボックスシートの4000系が充てられる.
西武池袋線,西武秩父線,そして秩父鉄道を直通するこの列車は,非常に使い勝手が良く,特急よりこちらを選ぶメリットが多いように感じられる.
時を戻して,日曜の池袋駅.
7時5分の列車には乗らず(若干寝るのが遅かった),1時間後の8時5分の列車に乗ることにした.
一度改札を出て,長瀞紅葉おさんぽきっぷを券売機で購入し,そのきっぷで改札を通る.
乗車時間は2時間ちょっと.改札内の売店で食料を買い込む.
ホームへ向かうと,既に多くの人がホームで列車を待っていて,中々人気の列車だということを知る.
座れるかなぁ,と不安に思いながら列車を待ち,8時ちょっと過ぎに入線してきた.
池袋でこの白い車体を見ること自体殆どなかったので,中々テンションが上がる.
無事,窓側の座席を確保できた.
重装備の登山姿の乗客もちらほらあり,多くは軽装のハイキング客.
車内は8割ぐらいの着席率といったところか.
間もなく発車し,途中駅にはほとんど止まらず,西武池袋線内を駆け抜ける.
石神井公園駅やひばりが丘駅で降りる姿もあり,普段使いとして利用する人もいることに気づく.
横瀬駅では長時間停車.切り離しのためである.
向かいのホームには40000系が停車していた.こちらの車両の10倍だ.
さて,いよいよ秩父鉄道線内に突入する.
横目に西武秩父駅を見つつ,通り過ぎるのはなんとなく快感だ.
分離した三峰口行きに思いを馳せる.
乗客はほとんど降りず,このまま長瀞まで共にするのだろうか.この列車の存在意義が十分あることを再確認した.
と思ったら,長瀞駅の一駅手前,上長瀞駅で半分ぐらいが降りてしまった.
あとで知ったことなのだが,あの有名なライン下りにはここで降りても行けるらしい.
終点長瀞駅に到着した.
疲れたので,後の様子はまた別記事にて.
このあとは,宝登山神社を観光したりSLを見物する.他にもいろいろ.
以上.それでは.
(青森帰省の記事も最後まで書けておらず,申し訳ないです.時間見つけていつか書き遂げます)