にひるなにっき

気の向くままに、気の向かないままに。

『げんしけん二代目』完結から1年が経過して思うこと

※ネタバレを少なからず含みますので「げんしけん」および「Spotted Flower」を未読の方は注意してください.

 

 

げんしけん』は,木尾士目による漫画作品.

オタクサークル「現代視覚文化研究会」(略して「げんしけん」)に属するオタク大学生たちの日常,特に"オタク同士のリアルな恋愛模様"を描くラブコメ作品である. 

月刊アフタヌーンにて2002年から連載され,2006年に完結.

その4年後に,『げんしけん二代目』として同誌で連載を再び開始し,こちらも2016年に完結した.

この間に,3度アニメ化がされている.

2004年に『げんしけん』,2007年に『げんしけん2』,2013年に『げんしけん二代目』が放送,他にもOVAがいくつか存在する.

げんしけん二代目』の最終巻が発売されたのは,昨年11月下旬.1年が経った.

 

私がげんしけんを知ったのは,二代目のアニメが始まって少し経った頃.2013年の夏だった.

当時,高校生でオタク真っ盛りだった私は,"毎クールの深夜アニメを欠かさずチェックし","夏冬欠かさず有明に出向き",そして,"暇があれば秋葉原に通った".

私がこれまでで最もオタクを楽しんでいた時期かもしれないし,オタクとして一番忙しかった時期かもしれない.

いつものように夏アニメをチェックしていた時は,しかし,げんしけんの存在なんて気にも留めなかった.

私の"3話まで見るチェックリスト"にすら入っていなかった.

それほどどうでもいい存在だった.

 

 

夏アニメも第3週目を周り,"切る/切らない"の選択に迫られていたある日の深夜.

7月下旬か8月上旬だったと思う.オタクとしてはたいへん忙しい時期にあった.

あと1週間か2週間かで,夏コミが始まるのだ.

 

コミケというものは,今更説明する必要はないかもしれないが,夏冬いずれも3日間連続で開催される.

コミケに参加する人々には,様々な目的があって,有明に集まる.

同人誌を買う人(一般参加者),同人誌を売る人(サークル参加者),企業ブースで物販を買う人,コスプレをする人(コスプレイヤー),コスプレイヤーを撮りに行く人(カメコ),コミケを作る人(運営),etc…

最近ではあまり聞かなくなったが,コミケにお客様はいないというのが原則で,全員が参加者だ.

その中で,私は,最もポピュラーな"同人誌を買う人"だった.

同人誌を買う人は,多くがコミケに向けて買い物リストというものを作る.

いわゆる"宝の地図"だ.これを片手にあの地獄の東ホールを延々と回るのだ.

事前に発売されるコミケカタログと呼ばれる分厚くて重たい本を片っ端から念入りに調べ,興味のあるサークル,馴染みのサークルをチェックし,ネットで頒布情報を調べ,宝の地図に書き込む,という作業を繰り返す.

 

コミケが近づくと追われる恒例行事.

つらい再行ではあるが,コミケという一大イベントに向けて行動を始める第一歩なので,同時にすごく楽しい作業でもある.

その日の深夜も,アニメを見ながらサークルリストを必死に作っていた.

見るべきアニメも終わり,テレビを付けたまま作業に熱中していたとき.

後番組で放送していたのが,『げんしけん二代目』だった.

第4話「HIGE TO BOIN」,コミフェス直前に原稿に追われる荻上らと,コミフェス1日目のげんしけんの面々の様子を描いたエピソードだ.

徹夜での原稿作業,腐女子同士のオタクなやりとり,そして女性向け同人誌を買い漁る大学生たちの姿があった.

コスプレを始め,コミフェスの待機列とスタッフの掛け声,同人サークルの最後尾札を持つ描写.

テレビ画面いっぱいに,コミックマーケット(コミックフェスティバル)とオタクが綺麗に惜しげもなく映し出されていた.

その日のうちにネットの見逃し配信で,二代目の第1話から追ったのを覚えている.

翌週以降は,録画予約とともに,リアルタイム視聴を決めた.原作漫画も即買い集めた.

 

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本作における「コミックフェスティバル」の元ネタ「コミックマーケット」開催中の東京ビックサイト

 

当時,いわゆる"オタク主人公"を題材にしたアニメやラノベが溢れていた.

俺の妹がこんなに可愛いわけがない』や『冴えない彼女の育て方』をはじめとしたその手の作品は私もラノベで読んだりアニメで見たりしていたし,ジャンルとしては好きな部類だった.

当然,それらの作中にはコミケの描写があった.オタク主人公が登場するコンテンツにコミケは欠かせないイベントとして描かれるのが常だ.

 

しかし,げんしけんは何か違っていた.

それらは「俺の妹が妹モノのエロゲーをプレイ」していたり,「幼馴染が超大手男性向けサークルの主催者で,先輩が超大物ラノベ作家」だったりで,とにかく普通じゃなかった.普通じゃない"フィクション"によって読者を獲得していた.

反して,げんしけんは(二代目こそファンタジー色が濃くはあるが),"オタクと一般人"を対比し,理想的なオタク大学生の恋愛を限りなく現実に近づけた,"限りなくノンフィクションに近いフィクション漫画"だった.

冷静に考えればありえないような展開でも,キャラクターの言動や心情がいやにリアルで,それさえも本当に起こり得るのではないか?と錯覚させるのである.

"コミケに最もいそうな人種をそのままステレオタイプのオタクとして描くこと",げんしけんはそんな普通のことを普通にやっていた.

 

もう一度いうが,年に2回の大型イベントであるコミケ直前に,これを見てしまったのだ.

当時の私に対する影響力は凄まじかったと,今でも思う.

灰色であった高校生活の日々を送り,ようやく訪れる3日間を楽しみに生きていたところに,大学生のオタク生活のリアリティに魅せられたのだ.

大学への憧れと共に,げんしけんの世界をそのまま鵜呑みにしてしまうほどであった(のちに大学に入学し,幻滅するわけだが).

 

こうして,高校生の頃にげんしけんにドハマりした.

 

 

げんしけんを語る上でよく言われることの1つに,「二代目から"ただの腐女子漫画"になった」というのがある.

無印では「男オタクによる男オタクのためのオタクサークルキャンパスライフ」を題材とし,その上で,「オタクと一般人によるラブコメディ」を描くというのが主題だった.

それまでのげんしけんには,"00年代を生きたオタクの全て"があった.

 

しかし,無印の連載が終了し,数年後に始まった二代目からは,方向性が一変する.

二代目に入り,新入生の腐女子(一応)たちがサークルに入部,徐々に腐女子中心のサークルへとシフトしていったのだ.

これまでの斑目や笹原を始めとした"男性向けコンテンツ"を嗜む"男オタク"たちは卒業というかたちで作中にはあまり登場しなくなる(斑目はちょっと違うけど).

その代わりとして,吉武や矢島,波戸などのBLを活動拠点とする彼ら彼女らが入部し,大野や荻上とともに腐女子サークルが形成された.

それでも中盤までは無印の面影を残してストーリーは展開された. 

第14巻80話,斑目が咲に告白し,フラれるという"アレ"だ.

"斑目ショック"とでも形容されそうなあの騒動までは,無印の残り香に敏感に反応していたように思う.

しかし,それ以降はまるっきり「腐女子漫画」,あるいは斑目を中心とした「ハーレム展開」となってしまったのだ.

"斑目ショック"を終えてから二代目の完結まで,無印から一変して「男オタクたち」を排除した.

最終巻の125話では,久しぶりに無印の初期メンバーが一同に集い飲み会を開くというエピソードもあったが,あれを読んでから無印を読み漁った記憶がある.

この昔懐かしい旧メンバーが出揃った125話によって,二代目の展開も,ある意味では重要であったことを再認識した.

私は"無印こそ本来のげんしけんの姿"だったと思う.

 

木尾士目が2010年から楽園で連載している『Spotted Flower』という漫画がある.

楽園は年3回の発売で,単行本は現在第3巻まで発売.

「ヘタレオタクの夫と非オタクの妻の夫婦生活」を描き,げんしけんのスピンオフ作品とも言われている.

言わずもがな,「斑目と咲」である.

咲が,高坂ではなく,斑目を選んでいたら…というif展開でストーリーは進展していく.

間違いなく分岐点は第14巻80話「いい最終回だった(告白Ⅱ)」.

「あり得たかもしれない未来」を作者自らが具体化したのだ.

 

商業誌的に衝撃展開な本作は,斑目と咲以外にも,げんしけんに登場したキャラクターと見受けられるようなキャラクターが次々と登場する.

更に,連載誌が連載誌なだけあって,表現もかなり過激だ.

いや,げんしけんが過激ではなかったというと,それは毛頭嘘をつくことになるわけであるのだが,それと比べてもはっきり言って言い過ぎではないぐらいに"過激だ".

物語の主軸が"夫婦愛"である上に,ヘタレ夫のオタクの悪い部分が存分に前に突き出てている,とんでもない漫画である(褒め言葉).

咲に関しては,本作では既に斑目との子をお腹に宿して登場するのだが,現実の性に対して消極的な斑目に対して性欲をぶつけるようなシーンも多くあり,一読者としてはなかなかに一筋縄で読ませてくれない.

今年の9月に発売された第3巻では,更に読者を悩ませるような展開となり,私もこれはどうしたものか…と頭を抱えた.

 

Spotted Flower』には,木尾士目の後悔と希望が詰まっているように思う.

 見ての通り,二代目から入ったくせに無印こそげんしけんであると言い切ってしまっている私は,なんとなく,そう思ってしまう.

"オタクが目を背けたくなるようなオタクのリアリズム"を描き,ある意味問題作だったはずのげんしけんが,いつの間にか"ハーレムルートというオタクの妄想"に移り変わってしまったことに対して,このSpotter Flowerで取り返しているように思う.

斑目と咲が付き合って子供を授かるという"オタク的ではない事実"は,作者の創作意欲が暴走した結果で,結局は,こういう話を本筋で書きたかったんだろうということが伝わってくるのだ.

連載誌を追っているわけではないので第3巻が発売された時期が二代目完結から1年が経過したことと重なる件に関して深くは言及しないが,それでも,第3巻がこれまで以上に衝撃的になったのはそういう要因もあったように思う.

第4巻が素晴らしく楽しみであり,私としてはこういう話の膨らませ方も大好物なので大いに爆発してほしい.

げんしけんについては思うところが山ほどあるので,これからも主観的に色々書いていきたい.

 

以上.