にひるなにっき

気の向くままに、気の向かないままに。

新海誠『秒速5センチメートル』という映画が一個人に与えた影響

秒速5センチメートル』は、新海誠によるアニメーション映画である。

 

新海誠といえば、『君の名は。』が記憶に新しいだろう。 

 

秒速5センチメートル(以下、秒速)は2007年に公開。もう10年も昔の映画になる。

 

私が新海誠を知ったのは、高校生の頃だ。

高3の冬。

 

センター入試まで2ヶ月を切っているというのに、阿呆みたいにだらだらと毎日を過ごしていた。

勉強意欲は低く、3年の春に決めた志望校は今ではランクが1つも2つも落ちていて、それなのに合格判定は微妙で、即刻、直ちに勉強始めないとまともな大学にさえ入れないような具合だった。

建前で買った、ほとんど手を付けていない赤本は、棚に並べるだけで満足してしまっていた。

飽きるくらいに毎日パソコンに張り付き、今では何をしていたのかさえ思い出せないほど、どうでもいいことを調べていた。

高校はもう自由登校になっていたし、予定がなければ延々と家でパソコンをいじり、進路の決まった推薦組や就職組に誘われれば、誘われるがままに遊んでいた。

 

クリスマスが過ぎ、大晦日が過ぎ、なおのこと堕落していたが、新年を迎えたあたりで少しは危機感を感じ、図書館に通い始めた。

昔から、家では勉強できない性格だった。

それでも帰ってからはパソコンだった。

 

そんななか、ふと、巡回していたニュースサイトでこんな記事を見つけた。

秒速5センチメートル iTunesで無料レンタル」

これが、まず最初のきっかけだった。

当時のAppleは、年末年始にiTunesから映画を無料レンタルできるキャンペーンを実施していた。

確か、クリスマスあたりで『ホームアローン』を無料レンタルしていて、それからずっとチェックしていた。

"秒速"、昔から名前だけは知っていた。見たことは無かった。

少し調べてみると、"新海誠"という監督がほとんど1人で作った"鬱アニメ"ということがわかった。

若干見る気が起きた。

当時の私は、まどマギとか、WHITE ALBUM2が好きだった。

レンタルして数日経つと見れなくなるらしいので、すぐに見た。

こういうときだけは行動が早かった。

 

家族が寝静まった深夜、ヘッドホンをかけて見た。

全編で63分の映画を、何回も何回も連続で見た。

気づくと朝になっていた。

 

衝撃的だった。

新海誠という人物は何を伝えたくてこれを作ったのか。

絵はすごく綺麗だけど、終始陰鬱とした重い雰囲気で、さらに結末なんて救われない。

"鬱アニメ"とは何か違う。

最後まで見ても感動もしない、別の意味で泣けてきそうだ。

でもその作品を取り囲む空気が、すごく心地よかった。

気付いたら、リピート再生していた。

とにかくハマった。

レンタル期限が切れる直前まで見ていた。

レンタル期限が切れて、それからは、山崎まさよしを聴いた。

馬鹿みたいに何度も『One more time, One more chance』を再生した。

図書館で勉強していても、行き帰りの移動時間も、家に帰ってからも。

山崎まさよしの『One more time, One more chance』を聴くことで、『秒速5センチメートル』を頭の中で見ていた。

いつかネットで「秒速は山崎まさよしのPVでしかない」と貶したように書かれたのを読んだことがあるけど、まさしくそうだと思ったし、でも、自分の中では決して誹謗のそれではなく、褒め言葉だった。

 

それから勉強量は格段に増えた。

曲を聴きながら、同時に勉強もできたからかもしれない。

流石に根を詰めてやらないとまずい時期だったというのもあった。

色々ちょうどよかった。

程無くして受験は終わり、一応行きたいと思える大学には合格できた。

合格発表の日も、変わらず山崎まさよしを聴いていた。

 

そうして現在、その大学に在学しているのだが、何年も経った今でもこの秒速を見てしまう。

大学生になって貯めたお金で最初に買ったものが、秒速のDVDだった。

それを繰り返し繰り返し、見返す。

小説版も買った。

映画の補完としては最適だった。

特に、ラストの描写は素晴らしいの一言であった。

 

普通に生活をしていて、ふと、秒速の世界に沈みたくなることがある。

あの世界が、たまらなくなる。

90年代前半の新宿駅から、後半の種子島、そして00年代の再びの新宿駅

何度も訪れた、岩舟駅の侘しさ。

通い慣れた、新宿駅西口地下広場の喧騒。

豪徳寺、参宮橋、住宅街の情景。

残念ながら、種子島にはまだ行けていない。

63分で、遠野貴樹という人物の人生を垣間見る。

人生と言っても、一生じゃなくて、小学生から、20代までの間だけ。

篠原明里という女性と出会ってから、別れるまでの過程。

新宿駅のコンコースから、彼らの人生を覗き見ているかのように、錯覚する。

 

新海誠の作品は全て見た。何度も見た。

なのに、やっぱり秒速に戻ってしまう。

雲のむこう、約束の場所』が好きだ。『言の葉の庭』だって好きだ。

でも何か足りない。

新海誠は、"秒速で始まって、秒速で終わった"、のかもしれない。

 

正直、新海誠というフィルターで君の名は。を見たとき、微塵も面白く感じなかった。

むしろ、悲しく感じた。

世間はおそらく、エンタメ性に溢れ、SFを意識し、ラブコメであることを、新海誠としてみている。

完全に間違っている。

新海誠はリアリズムだ。

 

高3の受験期に出会ったものというのは、こんなにも後の人生に影響を与えるものなのだろうか。

このままだと、社会人になっても秒速という名の"踏切"に永遠に閉じ込められそうだ。